2017年5月22日月曜日

みたけ道フィールダー

雑誌Fielderの取材の日でした。金峰山講のみたけ道、江草岩の下ルートに行きました。僕は何度も行っているところなのですが、全国誌のFielderとしては初めてのところ。古道と歴史を絡めるというリクエストにはうってつけのルートだと思います。辺見筋の旧道、江草の大渡(おおわたり)から東を見た写真です。右のエリアに入ります。


大渡の上の旧道の峠に建立された石仏は倒れていました。台座の「右みたけ道」と掘られた文字が空しくなります。道しるべの役目の石仏です。


岩ノ下集落の南のはずれ、山に入る前にある観音像。ナンバー1。
昭和10年に発行された、原全教「奥秩父続」という本があります。そこに書かれているこのルートのこと。「文政年間(1818~1830年、約200年前)江草村の岩ノ下の萬屋と云ふ造り酒屋では、大峠まで一丁置きに、石の観世音を建立して祖先の菩提を弔ひ、これを道標に兼ね、みたけ参詣の衆への便宜を計つたのである。それから大峠を観音峠と云ふようになった」 今回見つけた分も含め石仏を追います。


帰りに見つけた観音像ナンバー2、集落のはずれは昔口留番所があったそうで、その番所の上からみたけ道は始まっています。このナンバー2の上の平らなところまでは等高線3本分くらいです。標高差約30m以上40m未満ということです。そこは昔の道形が見つけられなくてひどいヤブでした。


去年見つけて観音像ナンバー3。品がある石仏です。


舗装された林道から離れている観音像ナンバー4


古いみたけ道の道形を追うと出てくる観音像ナンバー5


旧道の道形に登場の観音像ナンバー6


ヨロヤ沢出合手前の観音像ナンバー7


ヨロヤ沢に入ってすぐのところに登場する観音像ナンバー8


ヨロヤ沢が広くなる手前の観音像ナンバー9


ヨロヤ沢が広がったところの大きめの観音像ナンバー10


伐採地の途中の斜面の観音像ナンバー11 


今回初めてお会いした観音像ナンバー12
周辺の雑木林の間伐をした際に見つかって、森林作業をしていた方たちが見つけて動かしたそうです。ヨロヤ沢から穴小屋沢を隔てる尾根の手前の斜面です。今回初めてお会いしました。


峠の観音像ナンバー13


穴小屋沢に入って初めて出会う立派な観音象ナンバー14 道しるべであるとわかるのが台座の下の近隣の集落の名前。


廃仏毀釈により頭部がない観音像ナンバー15


細かく枝分かれした沢の途中の観音像ナンバー16


原全教の「続奥秩父」の中に「地蔵尊」と表現される、いちばん大きな石仏。ナンバー17


大峠の観音像ナンバー18
初めのころは11体確認出来ただけだったと思います。毎年新たな石仏に出会って18体までになりました。11➡18なんですが、岩の下集落から大峠までのだいたいの距離が4.5km、岩の下の造り酒屋萬屋の発願で丁石の観音像建立がなされたということからすれば40体くらいはあるはずなので、(距離÷一丁目の距離109mです。)まだまだ埋もれた観音像が見つかるかもしれません。


マムシグサ ほかのエリアに比べても多い気がしました。


古いみたけ道の道形。


ギンランが一輪、今にも咲きそうでした。


ヤマツツジの百花繚乱。


まだ咲いていたイチリンソウ。


樹間ににたくさんあったレンゲツツジ。標高1000mくらいだったから咲いているのでしょうか?普通は6月に入ってから1700m位で咲くイメージです。


岩の下の集落。


大峠までの観音像建立の発起人の萬屋の現在。


2017年5月19日金曜日

渋谷川

代々木のオリンピックセンターに行って来ました。ENSA(ECOLE NATIONALE DE SKI ET D'ALPINISMフランス国立スキー登山学校。)フランス国立のスキー指導員、登山ガイドの養成学校の講師の方の講演です。


フランスでガイドになるためには、ENSAを卒業してガイド試験をパスしなけらばならないそうです。「優れたアルピニスト、クライマーが優れたガイドになれるわけではない」というお話が印象的でした。


代々木公園、明治神宮に隣接している代々木オリンピックセンターです。用事が済んで新宿に向かい山梨に帰ろうと歩き始めました。最寄りの駅は小田急線参宮橋。駅までは300~400m、5~6分といったところでしょうか。ところが、電柱に「春の小川」の標識がずっとあり、それが気になってしょうがないって感じになりました。というのも去年、新宿御苑での仕事が何度かありました。その時にいろいろ調べたことと、この「春の小川」という童謡が繋がっているということが頭に入っていたからです。


春の小川 大正元年(1912)に発表された文部省唱歌  
岡野 貞一おかの ていいち作曲、高野 辰之たかの たつゆき 作詞

春の小川は、さらさら行くよ。岸のすみれや、れんげの花に、
すがたやさしく、色うつくしく 咲けよ咲けよと、ささやきながら。

春の小川は、さらさら行くよ。えびやめだかや、小鮒の群れに、
今日も一日ひなたでおよぎ、遊べ遊べと、ささやきながら。

渋谷川は新宿御苑周辺から始まり、都心(新宿区、渋谷区、港区)を曲がりくねって流れ東京湾に注ぐ河川です。上流部はほぼ暗きょ(地下に設けられた水路)で、川としての姿は見ることが出来ません。渋谷川の水源のひとつとして新宿御苑の東に、江戸時代の上水道「玉川上水」の水番所があって(四谷大木戸)江戸市中に配水していました。その玉川上水の余水が渋谷川の始まりのひとつでした。玉川上水は新宿御苑の西42㎞の羽村市からの取水です。もちろん多摩川です。多摩川の源流は山梨県です。奥秩父の水です。そんな繋がりを意識するので気になる存在です。


渋谷川の水源としては他に、明治神宮の清正井(きよまさのいど)やいくつもの湧水、宇田川やその支流の河骨川(こうほねかわ)、三田用水、いもり川、笄川(こうがいがわ、かんざしの意)などがあります。とても気になった電柱の「春の小川」の標識は、河骨川(こうほねかわ)のものです。標識はこの界隈にたくさんありました。


小田急線横の、暗きょとなった河骨川(こうほねかわ)。線路わきの小路が元は川だったということです。小田急線參宮橋駅と代々木八幡駅の間です。


春の小川の歌碑
作詞者の高野辰之たかのたつゆきが当時代々木に住んでいて、宇田川上流、河骨川こうほねがわの春の様子を歌ったものです。高野辰之は有名な唱歌、もみじやふるさとの作詞者でもあります。 


渋谷川もたくさんの支流の集合したものです。そのすべてをほぼ網羅した本があります。
梶山公子さんは渋谷川の研究者と言ってもいい方です。明治・大正の頃の古地図を見ながら渋谷川の跡を辿り、その歴史を一冊の本にまとめました。
「あるく渋谷川入門」梶山公子著 中央公論事業出版
歩く渋谷川HP: http://www015.upp.so-net.ne.jp/riverandsongs/index.html


渋谷川の全体図を歩く渋谷川のHPからお借りしました。
四谷大木戸と新宿御苑西の天龍寺が水源として強調されています。それ以外に新宿御苑、河骨川、宇田川が赤丸で強調されています。


コウホネの花の写真もHPからお借りしました。
コウホネ(河骨)とは、浅い池や沼に生えるスイレン科の植物です。北海道から九州まで広く分布し、6月から9月にかけて黄色い花を咲かせるそうです。 コウホネ(河骨、川骨)の名の由来は、根茎が骨のように見えるところからだそうです。


2017年5月14日日曜日

茅ヶ岳の花

茅ヶ岳の山行、以外にもたくさんの花に出会えました。花が得意というガイド仲間もいるので、ワイワイガヤガヤ、僕も教えてもらったりしました。写真はコガネネコノメ 黄金猫の目、ネコノメの仲間もカワイ系とそうでないのと・・・これはカワイ系。この時期季節の進み具合が速いです。それがわかるのが山野草。ちょっとしたタイミングでいろんな花に出会えます。この時の花を忘れないよう書きます。


ウスバサイシン 薄葉細辛 根元の地味な花がわかりますか?


ヒメニラ姫韮 気にも留めたことがなかったので、手に取って匂いを嗅いでみるとまさしく韮でした。ただ、スーパーで売っているものより短く細いので食べようとしたら採るのが大変でしょう。たくさんありました。


山菜のコゴミです。もう硬くて食べれませんがこの形、好きです。


オオヤマカタバミ 大山酢漿草 (片喰) 葉っぱです、なんといってもこの葉っぱの形は珍しいです。カタバミの葉っぱのイメージは、ハートが3つ合わさって丸くてかわいいというものですが、ひとつひとつハサミで先端を切ってしまったような形。だあれも知らなくて信濃町の杉本さんが調べてくれました。花は見られませんでした。面白い葉っぱです。
 

レンプクソウ 連福草 フクジュソウ(福寿草)を引っこ抜いたら一緒に絡み付いていたので、福に連なる草として名付けられたというのが名前の由来らしいのですが、出来すぎな感じがします。こんな地味なのに福が連なるなんて荷が重すぎます。



ニリンソウです。ぽつぽつと初めから最後まで見ることが出来ました。


ルイヨウボタン 類葉牡丹   葉がボタンの葉に似ていることからこの名前。まだツボミで4~5日で咲くでしょう。きみどりの花が咲きます。


ハシリドコロ 走野老 間違って食べると狂乱状態になり、泣きわめきながら走り回ることから、ハシリドコロの名になったと言われています。根っこは薬として使われます。山梨の山では春真っ先に咲く花です。


こんな珍しい株にも出会えました。稜線近いところに生えていて、まるで花束の様にかわいい株でした。


山行の最後、標高1000mくらいで見たツクバネウツギ。実が羽子板の羽に似ているところからの名前です。


初めて出会った花を中心に、自分自身が忘れないようにブログを書きました。百花繚乱ではありません。上の方はこんな景色の中で観察できた花々でした。