2016年8月15日月曜日

転付峠越

転付峠(でんつくとうげ)は山梨と静岡の県境にある峠です。早川町新倉から内河内川を辿り、最後のヨモギ沢とアザミ沢が分かれる二俣から尾根道となり、標高2000mにある峠です。上級者向けの登山道です。

5年ぶりくらいに歩くので、記録として書き留めておこうという記事です。
以前は早川の県道37号線南アルプス公園線から入ってすぐのところから歩き始めましたが、今は県道から内河内に1.5㎞くらい入ったところのヘリポート脇に車を停めるようになっています。


車を置いてから2㎞少し歩くと田代第二発電所。田代という地名は転付峠の西の大井川上流の地名です。この水力発電所のタービンを動かしている水は大井川から取水しています。南アルプスの登山基地の一つ二軒小屋の上にある田代ダムからやってくる水です。昭和3(1928)年から稼働しています。発電の役目を終えた大井川からの水は、早川から富士川に流れて駿河湾へ。
最大使用水量:毎秒5.34㎥(立方メートル)、全くイメージできない数字ではあります。


以前は内河内沿いに登山道は付けられていました。渓谷沿いの道は以前もだいぶ荒れた感じではありましたが、設置された橋や手すりになるワイヤーなどは辛うじて使えました。2011年の台風被害によってそれらも使えなくなり、旧ルートは沢登りの装備がないと通過できなくなりました。

2013年(正確ではない、その前後の年)に別ルートで転付峠へのアプローチが整備されたらしいというのは知っていました。それが八丁峠経由のこのルートです。


田代第二発電所横から、内河内右岸の枝沢に入ります。正面が八丁峠。元々山仕事で使われていたルートでしょうか。日本列島を縦断する大断層、糸魚川静岡構造線が通っているところです。かなりやばいルートです。


ものすごい急登で、設置されたワイヤー等に助けられながら登ります。


山仕事の小屋の跡。ホースが転がっていたので水も引かれていたようです。いずれにしても50年以上前の話です。


八丁峠からトラバース気味に内河内本流に戻ります。谷あいが狭まったところを大きく高巻いたという感じです。すぐに右岸から左岸にこの橋で渡りますが、いつ流されてしまうかわかりません。


旧道に合流して、内河内沿いの登山道。最近整備された橋ですが、結構怖いです。こんなのが度々登場します。


保利沢小屋。東京電力の管理小屋です。一般開放はされていません。


ここから登山道はさらに心もとなくなります。マーキングはされていて、この青のスプレーや青のヒモなんかがルートを的確に示しているので、頼りにするなら青です。沢地形は変化が激しいのでこういったマーキングは積極的に利用させていただきます。


内河内川最後の沢の分岐のヨモギ沢を見上げています。ここから尾根に取りついて転付峠の最後の登りです。ヨモギ沢とアザミ沢が枝分かれしますが、ヨモギ沢に少し入って左の尾根に取りつきます。入口は草が生えていてうっかりすると見逃してしまうので注意です。


山と高原地図にも登場する「ブナの大木」


人の手が加わっていても沢沿いは荒れています。尾根道に入ると気持ちいです。昔から使われてきた道なので、傾斜を殺してつづれ折りにつけられた道。カラマツ林の笹がとてもきれいでした。


転付峠手前の水場。冷たくておいしい水です。


転付峠でんつくとうげ


ふと笹の中に山の神の祠。


奉納した方のお名前を見ると早川の人達です。だんだん廃れつつある峠道。


この転付峠越の道、1887年(明治19年)に開通した「伊那街道」と呼ばれていました。富士川と伊那谷を結ぶ全長80kmの道。転付峠から大井川西俣に入り三伏峠標高2500mを越えて大鹿村。工期に10年、使われたのも10年くらいだそうです。交通網の発達で短い命でした。伊那街道の一部は今でも登山道として生きているというわけです。転付峠越の道も元は伊那街道の一部でした。


二軒小屋に下る道も傾斜を殺した緩やかな道。途中のカーブにあった石積み、明治のころに積まれたものかもしれません。


二軒小屋。東海フォレストの経営です。


転付峠越、結構覚悟して入らないとならないでしょう。奥深い南アルプスの峠越えです。

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